AI で「作れる範囲」は大きく広がりました
専門のエンジニアに依頼しなければ難しかったアプリケーションでも、AI を活用することで、自社でかなりのところまで実装できるようになっています。これは非常に大きな変化です。
- 画面を作る
- データを登録する
- 検索する
- 地図上に情報を表示する
- 担当者を割り当てる
一方で、会社の業務で継続的に利用するシステムには、「画面上で機能が動くこと」以外に、その周囲に多くの設計・運用・管理項目があります。
この記事の目的 — アプリ本体の周囲に何が必要になるのかの「地図」をお渡しすること。「自社開発をやめた方がよい」という話でも、「少人数では無理」という話でもありません。問いは人数ではなく、必要な役割と統制が成立しているかです。
中心にあるのは「アプリの機能」
最も目に見えやすい部分です。営業支援アプリであれば、例えば次のような機能があり、AI による開発で最も大きく効率化されるのがこの領域です。
- 地図に表示 — 顧客を地図上に置く
- 検索 — 顧客を名前で探す
- 絞り込み — 条件で対象を絞る
- 担当の割り当て — 営業担当者を決める
- 訪問の記録 — 訪問済みを付ける
- 登録・変更 — 顧客情報を直す
- 管理画面 — 全体を見渡す
- 操作履歴 — 誰が何をしたか
この部分だけを見ると「これなら自社でも作れる」という判断になることは、現在ではまったく不自然ではありません。
ただし、実際の業務システムでは、この機能部分は全体の一部です。
全体像 — アプリの機能の周囲にある領域
画面から見えているのは中央の「アプリの機能」。会社の業務として使う場合には、周囲を含めて初めて一つのシステムになります。
ただし周囲のすべてを等しく行う必要はなく、影響の大きさ×起こりやすさに応じて選びます(第2部の終わりの「重要度の階段」)。
認証 — 誰が使っているのかを確かめる
最初に必要になるのが「誰がこのシステムを使っているのか」を確認する仕組みです。ログイン画面があるだけでは十分とは限りません。
- ユーザーごとのID管理
- パスワード管理
- 多要素認証
- LINE WORKS 等との一括ログイン(SSO)
- 退職者アカウントの停止
- パスワードを忘れた場合の復旧
- 不正ログインへの対策
- ログイン失敗回数の制限
- ログイン状態(セッション)の管理
- 無操作時の自動ログアウト
権限管理 — 何を見せ、何を操作させるのか
ログインできた後には、「その人に何を見せ、何を操作させるのか」を決める必要があります。
立場によって範囲が異なる
一般社員・営業担当者・営業責任者・管理者・経営者・システム管理者 — 立場ごとに、見えてよい情報・操作できる範囲が異なる場合があります。
細かな制御の例
- 自分の担当顧客だけ見られる/自分の営業所だけ見られる/全社を見られる
- 顧客情報を変更できる人・削除できる人
- ユーザーを追加できる人
ここを設計しないと、「ログインできる人なら誰でも全部見える」という状態になりかねません。
データ — どこに置くか・正しい状態を保てるか
どこに置くかの判断
- どのデータベースを使うか/国内に置くか/クラウドでよいか
- 個人情報をどこまで保存するか/外部サービスへ渡してよいか
- 暗号化するか/本番データを開発で使ってよいか/テストデータの準備
正しい状態を保つ仕組み
- 同じ顧客の二重登録を防ぐ/2人が同時に更新しても片方の変更が消えない
- 消してはいけないデータが消えない削除・更新のルール
- 入力チェック/表形式ファイル(CSV)の取込で既存データを壊さない
画面上では見えにくい部分ですが、業務システムでは非常に重要です。
間違えたときに戻せるか — バックアップと復旧
業務では必ず操作ミスが起きます。例えば「営業担当者が間違えて500件の顧客を削除してしまった」ということもあり得ます。
誤操作の後に戻せるか
- 削除前の状態に戻せるか/何時の状態まで戻せるか
- 誰が変更したか分かるか/個別のデータだけ復元できるか
「削除ボタンが動く」だけでなく、誤操作が起きた後に会社として復旧できるところまでが運用です。
バックアップの設計と訓練
- 何時間ごとに取るか/何日分残すか/本番と別の場所に置くか
- 本当に復元できるか — 定期的な復元テストと、所要時間・問題点の記録
「毎日取っていたが、半年間壊れたバックアップを保存していた」ということもあり得ます。
監視と障害対応 — 壊れたときの設計
監視 — 気付ける仕組み
- アプリ・サーバー・データベースが動いているか
- エラーが増えていないか/ディスク容量は足りているか
- 外部サービスが止まっていないか/不正アクセスが起きていないか
「お客さんから電話が来て初めて障害に気付く」という状態を避けるための仕組みです。
障害対応 — 決めておくこと
- 誰が検知し、誰に連絡するか/夜間や休日はどうするか
- 何分・何時間以内に対応するか/サービスを止めてよいか
- 復旧方法は決まっているか/原因調査をどう行うか
必要なのは「正常に動く設計」だけではなく、「壊れたときの設計」でもあります。
操作履歴・監査ログとセキュリティ
誰が・いつ・何をしたのかを残す
- 誰がログインしたか/誰が顧客情報を見たか
- 誰が変更したか(変更前と変更後の値)/誰が削除したか
- 管理者権限を誰が変更したか
保存期間・管理者自身の操作の記録・後から書き換えられない仕組み、まで考えます。
攻撃・事故への備え
- 不正ログイン/パスワード総当たり/画面や外部との接続口(API)の作りの穴を突く攻撃
- 権限の不備/設定ミスによる公開/接続用の鍵(APIキー等)の漏えい
- 基本ソフト(OS)や部品(ライブラリ)の更新・脆弱性情報の確認を継続する
セキュリティは、アプリを完成させた時点で終了する作業ではありません。
性能と、外部サービスとの関係
性能 — 増えたときに動くか
- 顧客1,000件なら速い → 10万件になると検索が遅い
- 100人が同時にアクセスすると止まる/地図に大量表示すると重い
- 想定ユーザー数・同時利用者数・データ件数・応答時間・将来の増加量を考える
外部サービス — 相手の都合で変わる
Google マップ・LINE / LINE WORKS・メール・SMS・決済サービス・クラウドサービスなどの外部サービスには、利用料金・利用回数の制限・利用規約・サービス停止・仕様変更・ログイン方式の変更といった「相手の都合」があります。
自社のアプリが変わっていなくても、外部サービス側の変更によって動かなくなることがあります。
環境の分離・変更管理・テスト
環境を分ける
- 開発・テスト・本番を分ける(本番を直接触ると、一つのミスで業務が止まる)
- 誰が本番へ反映できるか/どの版が本番で動いているか/前の版へ戻せるか
変更の影響を管理する
- 入力項目を1つ足すだけでも、データベース・画面・表形式ファイル(CSV)・帳票・権限・テスト・マニュアルへ波及し得る
- 誰が変更を決め、影響範囲をどう確認し、いつ本番へ反映するか
テストの範囲
- 正常な入力だけでなく、異常な入力・空欄・長い文字・同時操作・通信切断・権限のないユーザー・大量データ
- 機能を足したとき、以前動いていた部分が壊れていないか(回帰テスト)
変更が簡単になるほど、「簡単に変更してよいか」を管理する仕組みが重要になります。
記録・引き継ぎ・費用・終わり方
なぜこの設計かを残す
- 構成・データベース設計・権限設計・運用方法・重要な意思決定の理由
- 「作れるから記録しなくてよい」ではなく「簡単に記録できるので残しておく」
属人化の本当の意味
- 1人で作ること自体は属人化ではない。問題は、その人がいないと判断・復旧・変更・引き継ぎができない状態
- 退職・異動・長期不在でも業務は続くよう、アカウント・契約・ソースコードを会社の管理にする(事業継続の問題)
継続費用を見込む
- サーバー・データベース・外部との接続口(API)・地図・監視・証明書などの月額が続く
- 利用が増えたとき、月1万円が月10万円・50万円になる可能性も考える
終わり方まで考える
- データを取り出せるか/CSV等で移行できるか/特定サービスに縛られていないか/完全に削除できるか
- 作り始めるときに、終わり方まで考えておく
AI によって変わったこと
ここまでの整理は「だから自社開発はやめた方がよい」という話ではありません。むしろ逆です。AI によって、アプリの実装だけでなく、設計書の作成・テストの作成・セキュリティチェック・ドキュメント作成・運用手順の作成・コードレビューまで、以前より大幅に効率化できます。
そのため、自社で開発できる範囲はこれからますます広がります。設計・実装・テスト・安全確認・文書・運用手順といった複数の役割を、1人または少人数で兼ねる(兼務する)ことも現実的になりました。
AI によって「考えなくてもよくなった」のではなく、AI によって「今まで専門家しか扱えなかった領域まで、自社で考えられるようになった」と捉える方が適切です。
「AI があれば、全部できるのでは?」 — はい、かなりできます
まず、そのとおりです。実装・調査・文書・テストの多くは AI で大きく効率化でき、当社自身もそのように作っています。そのうえで整理したいのは、AI で減るものと減らないものの対比です。
AI で減るもの
- 実装の工数/調査の工数
- 文書・マニュアル作成の工数/テスト作成の工数
- 必要な人数
AI でも減らないもの
- 最終判断(何を採用するかを決めること)
- 責任(結果を引き受けること)
- 承認(変更を通してよいと決めること)
- 継続運用(回し続けること)
- 説明責任(社内外へ説明すること)
「AI でできる」ことと、「会社として継続的に責任を持つ」ことは、別の問いです。
「何人いるか」ではなく、「何役が成立しているか」
プログラムを書ける人が3人いても、次の役割が決まっていなければ十分とは限りません。逆に、2〜3人でもこれらの役割が成立していれば、強い体制です。ここまで見てきた「周囲」は、人数の話ではなく役割の話です。
- 設計を決める役
- 安全(セキュリティ)を見る役
- 運用を回す役
- 変更を承認する役
- データに責任を持つ役
- 社内外へ説明する役
AI で「兼務」が現実的になった
- 設計・実装・テスト・安全確認・文書・運用手順を、1人または少人数で横断できる範囲が大きく広がった
- 役割の数だけ人を雇う必要はない。少人数のまま、役割を成立させられる
それでも「役割の定義」は要る
- 誰がどの役を担い、どこまで判断してよいかを決めて、書いておく
- 兼務するほど、役割の境目は意識して引く必要がある(次の節)
1人でも、3人でも、10人でも、問いは同じです — 「必要な役割・責任・統制が成立しているか」。
役割を兼務する体制の落とし穴と、その手当て
自己レビュー・自己承認になりやすい
- 1人+AI で開発からレビュー・テスト・本番反映まで完結すると、実質すべてが自己承認になる
- 複数の AI を使っても、採用を決める人が同じなら、役割の分離にはならない
手当ては「相互の確認」を要所だけに
- すべての変更を別の人の承認にする必要はない
- 顧客情報・認証・権限・本番のデータベース・安全設定など、重大な変更だけ別の人の確認を入れる — 影響の大きさで決める
限界が出るのは「同時多発」のとき
- 平常時は AI でかなり回せる。障害・脆弱性・問い合わせ・外部サービスの変更・新規開発が同時に来たときが問題
- AI は並列で作業できても、判断・承認・説明する人は並列にならない — そこが詰まる
知らない論点は、AI に質問できない
- AI は聞けば答えるが、論点を知らなければ聞けない。バックアップなら「取っているか」だけでなく、目標復旧時点・目標復旧時間・復旧試験・保管場所の分離まで
- 専門性とは、答えを知っていることより「何を問うべきか」を知っていること
問いは「作れるか」ではなく「どう責任を持ち続けるか」
多くの場合、AI を使えば作れます。決めるのは「任せるか、任せないか」ではなく、判断の置き場所と確認の置き場所です。
自社で判断する
- 業務ルール・機能と改善の優先順位・日常運用の判断
- 判断の主体は、つねに自社の手元に置く
第三者確認を要所に入れる
- 重大な変更(顧客情報・認証・権限・本番データ・安全設定)は、作った本人と別の目で確認する
- 別の目は、社内の別担当でも外部でもよい。別系統の AI は確認の補助になるが、採否を決める人が同じなら分離にならないため、確認する人自体を別に置く
専門性が必要なときだけ支援を使う
- 論点の洗い出し・設計の確認・監査の観点など
- 常駐でも丸投げでもなく、必要な場面だけ
すべてを外注する必要も、すべてを自社だけで抱える必要もありません。
企業システムとして、さらに外側にある領域
会社として継続利用するシステムでは、アプリの周囲に加えて、インフラ・ネットワーク・調達・リリース・運用・セキュリティ・監査・文書化・教育・委託先管理といった領域まで含めて管理する必要があります。すべてを等しく行う必要はなく、システムの重要度に応じて選びます(この部の終わりに「重要度の階段」を示します)。
※ ISMS=情報セキュリティを組織として管理する仕組み(第三者認証の制度もあります)
冗長化・可用性とネットワーク
一点の故障で全体が止まらないか
- 1台のサーバー・1本の回線・1つのデータベースだけなら、その一点の故障で全体が停止する
- サーバーの複数台構成/データベース・回線・電源などの二重化
- 「二重化しているから安心」ではなく — どの障害まで耐えるか・自動で切り替わるか・切替に何分かかるか・切替試験をしているか
- 目標復旧時間(RTO)・目標復旧時点(RPO)・許容停止時間を業務側と合意する
ネットワークの設計
- 拠点間通信・クラウド接続・インターネット接続の二重化
- 経路の制御(BGP 等の経路制御の仕組み)— 何を流し、障害時にどう切り替えるかまで管理する
ネットワークは普段見えにくい部分ですが、障害時には業務全体を止める可能性がある重要領域です。
調達・ベンダー管理と資産管理
調達・外部委託の管理
- 購入・契約の承認ルール/ベンダー選定基準/SLA(サービス品質の約束)の確認
- 個人情報の取り扱い/データの保管国/再委託の有無/契約終了時のデータ削除
- サポート期限(EOL=提供終了)の管理/特定ベンダーへの依存の把握
- 委託先へどこまでアクセスを許すか・作業の証跡・終了時のアカウント削除
資産台帳 — 何を使っているかの一覧
サーバー・クラウドアカウント・ドメイン・利用サービス(SaaS)・ライセンス・証明書・接続用の鍵(APIキー)・プログラムの保管場所・バックアップ対象。
- 本番・開発・検証のどの環境に何があるかを明確にし、変更時に台帳・構成図も更新する
「今、会社が何を使っているのか」が分かって初めて、セキュリティ対策も障害対応もできるようになります。
リリース管理 — 安全に本番へ反映する
AI によってコード修正は非常に速くなりました。だからこそ、本番への反映には明確なルールが要ります。変更 → 相互確認(レビュー)→ 自動テスト → 検証環境での確認 → 承認 → 本番反映 → 動作確認 → 問題があれば巻き戻し。確認と承認の深さは、変更の重大さに応じて変えます。
本番反映の方式にも設計があります。例えば Blue-Green 方式では、本番を二系統持ち、現在の本番(Blue)を動かしたまま新バージョン(Green)で動作確認・互換確認を済ませ、確認後に利用者の向き先を切り替えます。問題があれば Blue へ戻します。ただしデータベースの変更などは単純に戻せないため、リリース方式そのものを設計する必要があります。
変更の承認・運用ルール・権限の棚卸
変更を記録し、承認する
- AI の修正をそのまま本番へ入れる前に、確認の手順を設ける
- 変更理由・内容・影響範囲・テスト結果・承認者・戻し方を残す
- 重大な変更(顧客情報・認証・権限・本番データ・安全設定)は、作った本人と別の人の確認を入れる
- 緊急変更も「記録しなくてよい」ではなく、後追いで必ず記録・確認する
運用を手順書にする
- 日次・週次・月次の確認/バックアップ確認/証明書期限/障害の一次対応/退職者アカウントの停止 など
- 誰が・何を・どの手順で・どこまで判断してよいか・どこから上位者へ引き上げるか
AI はマニュアル作成を効率化しますが、運用ルールそのものは組織として決める必要があります。
アカウント・権限の棚卸
- 誰が申請し、誰が承認するか/退職時にいつ停止するか/異動時に見直すか
- 「この人に今もこの権限が必要か」を定期的に確認する
- 仕組みがあるだけでなく、実施した記録を残す
障害・課題・要望の管理 — 「言われたら直す」にしない
使い始めると、不具合の報告・改善の要望・使い方の質問が日々届きます。頭の中やチャットの流れの中で抱えず、台帳(1件ずつの管理票。チケットとも呼ばれます)に集めて管理します。流れは、起票(受付)→ 切り分け(不具合か・要望か・質問か)→ 優先度付け → 対応 → 確認 → 完了・記録、です。
受付を1か所に集める
- 利用者の問い合わせ・現場の気づき・監視の警報を、同じ台帳へ
- チャットで受けた報告も、台帳に起票してから扱う(流れて消えるのを防ぐ)
- 業務が止まる障害・情報の事故は、台帳を待たず直ちに連絡して初動へ。台帳には並行して(または事後に)記録する
台帳に残す項目
- 発生日時・事象・影響範囲・再現の手順・重要度・優先度
- 担当・状態(未着手/対応中/確認待ち/完了)・対応の内容・確認の結果
優先度の決め方をそろえる
- 重要度=影響の大きさ、優先度=重要度×緊急度、と定義をそろえて並べる。全部を最優先にしない(対策の深さを決める「影響×起こりやすさ」とは使い分ける)
- 未対応のまま忘れられた件を残さない(定期的に棚卸しする)
台帳は、対応漏れを防ぐだけではありません。月次の報告・傾向の把握・引き継ぎの土台になります。
直して終わりにしない — 再発防止と、運営の定例
再発防止まで進める
- 影響の大きい障害・繰り返す問題は、「直った」で閉じずに、なぜ起きたかを一段深く掘る(操作の誤りなら、誤りにくい画面への改修まで考える)
- 同じ型の問題が、ほかの画面・ほかの処理に無いかを横並びで点検する
- 得られた教訓を、テスト・手順書・ルールへ反映する
利用者への共有
- 直せていない既知の不具合と、当面の回避のしかたを一覧で共有する
- 直ったら、報告してくれた方へ連絡する(報告するほど良くなる、という循環を作る)
- 止めて作業する日は、事前に告知する
定例で回す
- 月次などの定例で、件数・傾向・未完了・次の改修予定を報告する
- 重要度ごとの対応の目安(例: 業務が止まる障害は当日中に着手)をあらかじめ決めておく
- 課題の一覧と、決めたことの記録を残す — 会議は流れても、台帳は残る
障害・課題の管理は、ISMS の「ルール → 実施 → 証跡 → 改善」のいちばん身近な実践です。台帳と定例の記録が、そのまま証跡になります。
定時の一括処理(バッチ)と、データの世話
画面の操作の裏では、毎朝の取り込み・日次の集計・通知といった決まった時刻の一括処理(バッチ)が動きます。ここは画面と別の設計が要る領域です。
ジョブの設計 — いつ・どの順で動かすか
- 決めた時刻に自動実行する仕組み(ジョブスケジューラ)で管理し、処理どうしの順序(先行・後続)を定義する
- 締めの処理・月末や祝日の扱い(実行カレンダー)・処理時間の余裕を設計する
失敗時の設計 — 止まったらどうするか
- 失敗の検知と通知/途中から再開できる設計/同じ処理をもう一度実行しても二重計上・二重送信にならない設計/二重起動の防止
- 終了予定を過ぎても終わらない「突き抜け」の監視と、手動でやり直す手順書
ファイル連携の設計 — 受け渡しを疑う
- 受け渡しの形式・文字コード・届く時刻の取り決め
- 届かない日・壊れたファイルの検知、再送の依頼、件数の突き合わせ(検品)までを設計する
データの世話 — ためたままにしない
- データごとに保存期間を決め、古いものは別置き(アーカイブ)または削除する
- ログの肥大化・ディスク容量・データ量の増加を監視し、データベースの性能を保つ手入れを続ける
脆弱性への継続対応 — 弱点は後から見つかる
脆弱性診断(検査)
- 作った後に、画面・外部との接続口(API)・サーバー・クラウド設定の弱点を検査する
- リリース前・大きな変更後・年1回など、重要度に応じて計画する
- 実施して終わりではなく、指摘の管理 → リスク評価 → 修正 → 再診断まで
脆弱性情報の見張り
- 使っている基本ソフト(OS)・部品・外部サービスに、後から弱点が見つかることがある
- どの情報源を・誰が見て・何日以内に評価し・重大なものは何日以内に直すかをルール化する
- 自動で知らせる仕組み(部品の更新通知など)も併用できる
更新の適用・提供終了の管理
- 修正版(パッチ)の適用対象・期限・テスト・本番反映・例外の管理
- 提供が終了した製品(EOL)は「動いているから使い続ける」ではなく計画的に入れ替える
重要なのは「診断を実施したこと」ではなく、直し切るまでの一連のプロセスです。
ログの集約・事故対応・災害への備え
ログの集約と検知
- アプリだけでなく、機器・認証・クラウドの記録も集約する
- 不正ログイン・大量ダウンロード・不審な通信などを検知する(SIEM=ログを集約して異常を見つける仕組み)
- 保管期間・改ざん防止・閲覧権限、機器間の時刻を揃えること(時刻同期。記録を突き合わせる前提)も管理する
事故(インシデント)対応
- その場の判断に頼らず、初動・隔離・証拠保全・調査を決めておく
- 顧客への報告・経営への報告・法令上の報告
- 夜間休日の連絡網・外部の専門会社・再発防止まで
災害への備え(事業継続計画・BCP)
- 地震・停電・回線断・クラウド障害・身代金要求型ウイルスまで想定する
- 遠隔地バックアップ・復旧の優先順位・代替手段
- 机上の計画だけでなく、訓練する
秘密情報・端末・教育・AI 利用の統制
秘密情報・鍵・証明書
- 接続用の鍵(APIキー)・パスワード類をソースコードに書かない/プログラム保管場所へ登録しない
- 専用の保管の仕組みで管理し、定期的に取り替える/証明書の期限を監視する/古くなった暗号方式は計画的に入れ替える
端末の管理
- パソコンの暗号化・画面ロック・ウイルス対策
- 紛失時に遠隔で消去できるか/廃棄時のデータ消去
教育・訓練
- セキュリティ教育・攻撃メールの訓練・管理者教育・事故対応の訓練
- AI の利用ルール(何を入力してよいか)も教育の対象になる
AI 利用の統制
- 許可する AI サービス/入力してはいけない情報(個人情報・認証情報・顧客情報など)
- AI が作ったコードのレビュー/AI による本番の直接変更の禁止
- 持ち込まれる公開部品(OSS)のライセンス確認と一覧化 — AI 経由に限らず、開発の経路を問わず行う
- AI が変更できる範囲と、人間の承認が必要な範囲を明確にする
- 利用する AI の変更・モデルの変更・サービス終了時の乗り換え先も、あらかじめ決めておく
ISMS・監査で見られるのは「仕組み・実施・証跡」
ISMS や監査で問われるのは、「ルール(規程に書く)→ 実施(そのとおりに行う)→ 証跡(記録を残す)→ 改善(見直して直す)」のサイクルです。
例: アカウントの棚卸
- 規程に「半年ごとに棚卸する」と書いてある
- 実際に半年ごとに棚卸する
- 実施結果を保存する
- 不要なアカウントを削除する
- 削除した記録を残す
バックアップ・更新の適用・脆弱性確認・教育・権限棚卸・事故対応の訓練なども、同じサイクルで管理します。
ルールを書けば終わりではなく、ルール → 実施 → 証跡 → 改善 のサイクルが問われます。一度「作り上げる」ことと、このサイクルを数年間「回し続ける」ことは、別の仕事です。
「作れるアプリ」の外側にある全体像
AI で速く作れるようになったのは中央の金色の枠の部分。AI は周囲の領域の整理・確認にも強力な支援になります。
周囲が不要になったわけではなく、「作る速度」と「会社として安全に運用できる速度」の差が大きくなっています。
補足 — このほかに検討しておきたい項目
データ移行と並行運用
- 既存の仕組みから乗り換えるとき、データをどう移すか・検証するか
- 新旧を並行して動かす期間、切替日、切替当日の入力先の決め方
法令・個人情報の扱い
- 個人情報保護法の義務(安全管理措置・第三者提供の制限と記録・重大な漏えい時の報告と本人への通知)
- 業種ごとの規制、利用規約の整備。判断に迷う点は専門家に確認する
利用者サポートと定着
- 問い合わせの窓口・使い方の教育・利用マニュアル
- 実際に使われているかの確認 — 定着しなければ、期待した効果は得られにくい
保守契約と責任の分かれ目
- 不具合の修正はどこまで無償か(契約不適合責任)・保守の範囲と費用
- 連絡の窓口・対応時間の約束(SLA)・契約終了時のデータの返還
重要度の階段 — どこまでやるかは、リスクで決める
第1部・第2部の項目を、すべてのシステムに等しく行う必要はありません。影響の大きさ×起こりやすさを見て、対策の深さを決めます。同じアプリでも、担う役割が上がるほど、求められる統制は上がります。
- 補助アプリ例: 営業先を地図で見るだけ。止まっても不便で済む
- 部門システム記録・担当割りを部門で共有。止まると部門の業務が滞る
- 顧客管理(CRM)顧客情報・商談の履歴を持つ。誤った書き換え・漏えいがお客様への影響・信用に直結する
- 会社の中核システム受注・請求・契約とつながる。止まると会社全体の業務が止まる
段が上がると、完成の条件も変わります — 「作った人が直せる」から、「作った人が不在でも、運用・復旧・変更できる」へ。
体制の成熟度 — 「内製か外注か」の二択にしない
「作れる」は最初の一段です。いまどの段にいるか・そのシステムにはどの段まで必要かで考えると、内製か外注かという二択から離れられます。
- 作れる動くものを作って使える
- 安全に変更できるテスト・環境の分離・変更の確認と承認
- 障害から戻せるバックアップ・復旧試験・監視と障害対応
- 誰でも引き継げる文書・会社管理・作った人が不在でも回る
- 監査・継続改善ルール・証跡・改善のサイクルで回り続ける
「作る」と「持ち続ける」は別の仕事です。重要度の高いシステムほど、高い段が要ります。
AI が変える、発注と開発会社の関係
ここまでは、業務で使えるようにするための「周囲」の話でした。第3部は、外部への頼み方と確かめ方の話です。AI は、開発会社への頼み方・選び方・付き合い方そのものも変えつつあります。
- AI で試作してから見積もりを取る
- 提案書・見積書・契約書を AI で点検する
- 納品物を別の AI でレビューする
- 「見える」ことの代償も知っておく
AI で試作(プロトタイプ)を作ってから、見積もりを取る
従来の進め方では、文書の要件定義書 → 見積もり・発注 → 数か月の開発、と進み、完成間近で初めて動くものを見ることも珍しくありませんでした。そこで認識のずれ・手戻り・追加費用が生まれます。
これからは、AI で動く試作を数日〜数週間で作り(自社でも作れます)、その試作を共通の材料に見積もりを依頼する、という進め方が選べます。言葉の解釈ではなく、動くものが共通言語になります。
要件のずれが減る
- 現場が試作を実際に触って、足りない機能・要らない機能を先に洗い出せる
見積もりを比べられる
- 同じ試作を見た各社の見積もりは、内訳と考え方の差がはっきり出る
「周囲」が比較の要点になる
- 機能は試作で見えているぶん、認証・運用・保証といった「周囲」の説明が、見積もり比較の要点になる
※ ここでの対比は「文書中心で進めた場合」と「AI で試作を先に作る進め方の一例」であり、従来の進め方でも試作や段階確認を行う場合があります。
ご注意 — 試作はそのまま本番になるわけではありません。「ほぼ出来ている」ように見えてからが、第1部・第2部の周囲の仕事です。なお、「かたちが決まるまで自社で作り、決まってから外部と詰める」という進め方も、この変化の一例です。
開発会社・パートナーを、AI でレビューする
提案書・見積書の点検
- 作業項目の抜け・二重計上・曖昧な前提を AI に洗い出させる
- 複数社の見積もりを突き合わせ、差の理由を質問できる形にする
契約書の点検
- 責任の分かれ目・検収の条件・再委託・解約時のデータ返還などのリスク条項を AI がレビュー
- 弁護士監修の専用サービスも提供されている。重要な契約の最終確認は専門家へ
納品物の点検
- 納品されたプログラム・設計書を、作った側と別系統の AI にレビューさせる
- 品質上の懸念を洗い出し、確認すべき点を具体的にできる。当社も、成果物を別系統の AI でレビューしてからお出ししています
ご注意 — AI のレビューにも誤りや見落としがあります。最終判断は人が行い、機密を入れる範囲は第2部の「AI 利用の統制」のルールとセットで運用します。
現れる変化 — 発注側と開発会社の「情報の差」が縮み、根拠を確かめられないまま金額や条件を受け入れることが減ります。説明できる会社には追い風となり、選ぶ基準は「作れるか」から「運用・保証・説明責任」へ移ります。
裏面 — 「見える」ようになったことの代償
この変化は、良いことばかりではありません。見る道具を持った発注側と、それを想定していない開発会社(またはその逆)の組み合わせは、新しいすれ違いを生みます。
指摘に応える工数は、何倍にもなる
- AI のレビューで、これまで見えなかった部分まで指摘が届く。細かな指摘まで全て埋めることを前提にすれば、開発会社はそれに応える工数を見積もりに織り込んでくる
- 実例: 世界中で使われる基盤ソフト curl では AI で作られた報告が急増し、2025年には全提出のうち本物の脆弱性が約5%まで低下。1件の検証に複数人で30分〜3時間かかり、2026年1月に報奨金制度の終了に至った
指摘を「送る」のは一瞬でも、「受けて検証する」のは人手のまま — ここに差が生まれます。
90% を 99% に煮詰める工数は、9% ではない
- 古くからの経験則:「最初の9割のコードに開発時間の9割、残りの1割にもう9割」(90:90 の法則)— 見た目の進捗と残りの工数は一致しない
- AI の時代も同様の指摘がある: AI で7割まで速く進んでも、残り3割(例外・安全・本番の品質)で行き詰まりやすい(「70% 問題」)
- 試作が動いて見えるほど「あと少しで完成」という誤解が生まれやすい。90→99 の煮詰めは 9% の上乗せではなく、そこまでと同等以上の工数がかかることも珍しくない
想定のずれは、互いの不幸になる
- AI を使いこなす発注側 × それを想定しない開発会社 — 指摘の量と深さに工数が追いつかず、要件が満たされない
- AI 対応の工数を織り込む開発会社 × それを知らない発注側 — 「AI で安くなるはず」とのすれ違い
- どちらの組み合わせでも、納期・費用・信頼が削れていく
だからこそ、発注の最初に合意します — ①指摘は重要度で仕分け、どこまで対応するかを決める ②「どこまで煮詰めるか」を数字と言葉で合意する ③AI をどう使うか(試作・レビュー・指摘の扱い)を互いに共有する。
この考え方は、当社自身にも適用します
この記事の内容は、読み手の皆様への注文ではありません。当社自身の AI 活用・少人数開発にも同じ原則を適用している、共通のものさしです。
当社の AI の使い方(開示)
- 実装・文書は AI で効率化し、成果物は作った側と別系統の AI でレビューする
- 重要な箇所は人が確認し、変更の履歴を残す
- お預かりした情報・プログラムを AI へ入力するのは、入力が学習に使われない契約・設定のサービスに限る
- 利用する AI・モデルの変更、サービス終了時の乗り換えは、影響を確認のうえ行う
- ソースコード・契約・アカウントは会社として管理する
顧問と受託の、責任の分かれ目
- 技術顧問としての助言は、判断と実施が支援先にある前提の支援
- 受託開発としてお受けした範囲は、受託した側が成果物に責任を持つ
- どちらの立場での発言かを、その都度明確にする
「最後に誰が判断するか」を決める
- AI・顧問・外注・社内担当と関係者が増えるほど、最終判断の所在が曖昧になりやすい
- 領域ごとに「実施する人」と「最終的に判断し、責任を負う人」を分けて決めておく
参考 — 発注のかたちの変化・工数と品質の壁に触れている記事
2026年8月24日時点で当社が確認した公開記事・学術発表・経験則です。内容は各著者の見解であり、当社の見解と異なる部分もあります。
「誰が作るか」ではなく、「必要な役割・責任・確認・継続性をどう成立させるか」
AI による内製は、十分現実的です。AI が減らすのは、主に作業の工数と必要な人数です。役割・責任・相互の確認・継続性・説明責任まで消えるわけではありません。
自社で判断する
- 業務ルール・機能・改善・日常運用の判断は、つねに自社の手元に
- AI の兼務で、少人数のまま多くの役割を担える
第三者確認を要所に入れる
- 重大な変更・安全・設計の要所は、作った本人と別の目で確認する
- 確認する人は、社内の別担当でも外部でもよい(別系統の AI は確認の補助として使う)
専門性が必要なときだけ支援を使う
- 論点の洗い出し・設計の確認・監査の観点など、必要な場面だけ
- 支援の出どころは問いません — 外部の専門家・監査・技術顧問など
内製か外注か、ではなく — システムの重要度に応じて、必要な役割と統制をどう成立させるかを設計する。それが AI 時代の現実的な形だと考えています。
この「地図」を、御社の状況に当てはめてみませんか
いま作っているもの・これから作るものに、どこまでの統制が必要か。
第三者確認の置きどころはどこか。経営の言葉で、一緒に整理します。